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引っ越し

久しぶりの更新です。
只今『パリビジューティエの12ヶ月』を別サイトにてリニューアルさせるための準備をしてます!
今度のサイトはchez wardpresseです。でも、なんか難しくって…。まあそれはさて置き。

『パリビジューティエの12ヶ月』の完成度をサイトごとアップしたいのです!

写真入れたり、リンクするようにしたり、ページアドレスを解りやすくしたりetc。何気なく見ているホームページって考えてあるんですねえ~。いやいや、参りました。プロフィールとか、サイトについてとか説明も加えたいし、面白い趣向とかもサイト上でやりたい。そんなことで、新たなサイトはタラ~ン


<パリビジューティエ"体験"ツアー>

楽しんでます。はりきって行きましょう!今後共よろしく。






『何でもありの迷宮』

プロフェッショナルな世界の事6 ~バンドーム広場の謎

Place Vendôme、プラスバンドームはビジューの世界的な中心地。パリのど真ん中に位置し、有名どころメゾンのブティックが軒を連ねるこじんまりした四角い広場。

そのバンドームのすぐ横に郵便局があり、便利なのでたまに利用する。働くアトリエが広場にほど近く、お昼休みの間に手紙や小包を出しに行く。でも、ついでだからといってバンドームでウインドーを見ていると、お弁当を食べる時間が無くなってしまう。だから広場を一気に横切って行く。その時肌に感じるのは、バンドーム広場のミステリアスな空気感。吹き抜ける風と歩くと、広場に重ねて存在している別次元の世界へ行ける気がする。

…広場の中央には、目に見えないガラス張りの迷宮がある。迷宮は部屋や通路が入り組んだ迷路のような建物。ラビリンスといえばギリシャ神話の中でミノタウルスが閉じ込められていた。心の目に映る迷宮の壁をたくさんのツーリストがすり抜けて行くのだが、私にはむしろ彼らの方が透けて見えてくるから不思議だ。何も無いはずの所の、空気の密度がやけに濃い。

関わる人の憧れや思い入れをたっぷり吸い込んで、白昼夢をみせるバンドーム広場だが、働くのは生身の人間。私と同じく、怠け者で適当で文句ばっかり行って、次のバカンスを指折り数えてる。

現実の世界でお昼ご飯を食べ終わると、生のバンドームの白昼悪夢を見る事が出来る。やはり謎に満ちていて、どうしてそうなるのか理解できない、筋のおかしな話が満載。品番は消え、文字が逃げる。計画はゲームのごとき、ルールは不明。

バンドームの世界にはラビリンスの現実が混ざり込んでいる。







『ノンと言う喜び』

プロフェッショナルな世界のこと5 ~パリデザイナー症候群

ある時、友達のフアッションデザイナーに愚痴をこぼしてみた。デザイナーと付き合うのは難しいと。もちろん彼がデザイナーだと知っていて。

 デザイナーとの仕事は、出来栄えや、成果、考え方に広がりが出る。思い通りに行かない事がある反面、思いも拠らない所へ行ける。失敗したと思っていても意外に評価され、またその逆のことが起こる。仕事として確かに面白い。

 ただしデザイナーとの関係は、精神的な学びにも繋がっているのが興味深く同時に問題だ。そこでかなり心地よくないことが起こるから。
 よくあるのはデザイナーの決断を受け入れがたい事。でも頭を柔軟に出来れば彼らのこだわりも見えて来てこの状況を楽しむ事さえ出来る、少なくとも順調に計画が進んでいる時は。
 相反して、会う度にデザイナーの意見が変わるような時は要注意。プロの花形デザイナーでもどうしたいのか解らなくなることがあるだろう。そういう場合は、心静かに対応しないといけないが簡単ではない。

 レステゼン、「Restez zen」直訳すると「禅の状態にとどまる」か。フランス人は"zen"この言葉を頻繁に使う。うっかり油断しているとフランス人に禅を説かれるはめになる。そうなると余計に頭に血が上る。

 「全然っ違う!」と言われ、やり直している矢先に電話がかかる。「やっぱりあれがいい。」もうやり直してしまったから、そのあれは無いよ。でも、全然違う!って言ったよね?「違う」と言われ新たに受け取ったデッサンと以前に渡されていたのを比較してみる。前のデザインは具象で後のは抽象…それこそ私が言いたい「全然っ違う!」…で、どうすんの?どっち?まず決めてくれる?

 「ノン!」と言われても、しばらくは手を着けずに置いておく。それから次の機会に見せたら「ウイ」に変わるかもしれないから。でも気をつけないといけにのは、こういう反応はデザイナーのアイデアがまとまっていない証拠。だから、次に見せたら「ノン」になる可能性もある。そうなるともう何もしない方がいい。彼らにもいろいろ事情があるのだろう、追いつめてはいけない。自分の首を締めるようなものだから。今日は「ノン」でも明日は「ウイ」なら良しとしよう。

 アイデアの有無や実力の程はさて置き、彼らがとりあえず「ノン」と言っている疑いも、実は有る。日本人はとりあえず「Yes」と言うなんて批判されたりするけど、フランス人は逆。それを象徴するかのように、まだほんの子供、特に女の子が「ノン」を連発するのを少なくなく目撃する。両親が何も言う前にまず「ノン!」、本当は「ウイ」な時も、「ノン!」。こういう教えずとも学んでしまう習性こそ伝統と言えるかも、思わず感心して首を降る。

 デッサンは書きなぐり、出来る出来ないでなく、はなからする気なし。具体的なアイデアなんて最初からないみたい。計画は風の向くまま気の向くまま。変更に次ぐ変更。完成間近になっても「んーこことここのパーツを取り消して、これを付け加えてちょーだい!」また、その後驚きの発言「もう一個同じものを作ってちょうだい。でも一個目で取り消したパーツを付けて」。もう「ノン」と言うのを楽しんでいるとしか思えなくなって来る。

 『どんなによく出来ていて、これでいいと心で思っていても、「ここをちょっと」と言いたいものなんだ』とはデザイナーの友人による弁。「そうなんだよね」とあっさり告白してくれた。そうか…。「ノン」という喜び、これは確かにあることがここでも証明された。ちなみに彼はパリに住む日本人。ということは、これは特にパリを拠点に活躍するデザイナーに共通する症状といえるな、やっぱり。

 でも、何はともあれ、ここまで試行錯誤を徹底して結実するビジューの出来栄えは特別。細部までこりに凝ってオリジナリティーは一線を画す。予算の上でも納得させるものがある。こうなってくるとデザインの紆余曲折の必然性にも説得力が出て来る。

 そうはいっても、どうしたいかわからないなら「Yes」と言っておけばいいのに、なんて思うのはいかにも日本人的な発想なのかな。じゃあ代わりにフランスで流行の言葉、「Restez zen、ちょっと待ってください。落ち着いて」とでも言ってみるか。私達は皆、修行中の身なのだな。


プチフランス語講座:"Restez zen"[レステ ゼン](心静かに、落ち着いて)
          oui[ウイ](はい)
          non[ノン](いいえ)

『アイデアは誰の物?』

プロフェッショナルな世界のこと4 ~デザイン登録あれこれ

V** C***のジュエリーと言えば、お花の形のチャーム、貝がキラキラ虹色に光るかわいいやつ。また、このお花のシンボルからつい想像するのは、V*****の超有名モノグラムシリーズの鞄の模様。最近ではこの模様をチャームにしたアクセサリーも雑誌で良く見かける。どちらもブランドを代表するアイコンだけれど、これらはなんだか似ている。

こんなふうにデザインがシンプルだと似ることは多々ある。そうなってくると問題なのは、どっちのが、どっちのに似てるのか。V**C***とV******の例はあくまで例にすぎないし、そもそも似てないかもしれない。だから、それはここではどちらでも良い。でも、昔から方々で使われているシンプルなシンボルを、誰かが自分のものだと言い出したら怖い。シンボルはブランドのアイコンになって会社の売り上げに多く貢献するし、ブランドイメージを左右するから「勝手なことをするな」と言いたくなるのもわからないでもない。そのままにコピーして儲けようとする輩が多すぎるのも確かだ。

ビジューのデザイン登録についてアトリエで周りに意見を聞いてみたことがある。皆どうしているのか、した方がいいのか。丁度、デザインを巡る裁判の話題も出ていた。

その頃、大きな所が小さな所をデザインコピーに関する問題で訴える出来事があったよう。興味深かったのは、コピーでは無い事を主張するための資料に、江戸時代の日本の物の写真が用意されていた事。実は双方がこの日本物にそっくりなのだとか。思わず笑ってしまう。江戸時代というと、その大きな所がまだ創設されていない時代だ。

どういう事情で裁判沙汰に発展したのか知らないし、結局どうなったのか知らない。どれがどれに似ているのかも見ていない。でもこの話には多いに不安にさせられたし、面白くないと心底思った。こういう話題に個人のビジュークリエイターが敏感に反応しても当然だろう。私はビジューティエとして働くと同時にクレアトリスとしての自負がある。

結局、デザイン登録に関して皆から返って来た返事を総合すると、登録は裁判沙汰になった時のためで、攻撃に使うか、又は守りに使うかどちらかになる。すぐに考え得るのは、大きな所から攻撃されるような事態。そんな事になれば守らないといけないのは必死。だから登録してあると役に立つし心強い。逆にもしかして、ビジューが大いに成功してコピーが出回るような事態が発生したとしたら、またデザインをそっくり横取りされたら。その時に黙ったままでいるつもりかどうか。それくらいのことと言う見解だった。

そこで話を自分に引きつけて考えてみると、まずコピーして楽に儲けようなんて気はさらさらないが、それでも守りは有っていい。しかし、誰かを訴えるなんてことがあるのか疑問が湧いた。そんなこと考えたくないし、気持ちが良くない。

それから、話は少々脱線するかもしれないが、そもそもアイデアとは神聖な所にあり共有財産でもあるかんじがする。それを皆が使える形に変えるために一時期預かるイメージだ。だからアイデアや、それから発展した物も含めて、それらが自分に所属するものとして主張する事はどこか正しい行為な気がしない。理論的には。でも、アイデアを取り出してこの世に出現させるためにはそれなりのエネルギーが必要だ。人生や全財産を懸ける場合だってあるし、そんなことが実際ほんの身近にある。それは尊敬されるべきだと主張したいし、なにより心情的にそっくりそのままにコピーされたら絶対に腹が立つだろう。

結論、やっぱり攻撃だってしないといけない。

アイデアからデザインへ、そしてシンボルやアイコンへと昇華させると手放したくなくなる。そしてそのための代価は高くなる。登録料も高くなる。


プチフランス語講座: la idée[イデ](アイデア)
           le dessin[デッサン](デザイン/デッサン)
           le icône[イコン](アイコン)
           la nacre[ナックル](貝殻内部の真珠層)

『St Eloiの日』

アトリエ6 ~信心と親睦はレストランで試される。

ビジューティエ、ジョワリエのお祭りの日はサンテロワ。アトリエでは揃ってレストランでこの日をお祝いし、ビジューの学校でも出身生達が集まってパーティーをする。

フランスでは各日ごとに聖人が決まっており、St Eloiもそのうちの一人。彼はビジューに携わる者達の守り神なので、私達にとっては特別な聖人というわけ。これは国の第一宗教であるカトリックの決まり事で、ビジュー産業がフランスの伝統文化であることを証明している。こういう日があると、自分の職業をあらためて誇りに感じ、お祝いに参加できることをうれしく思う事が出来る。
また所変わると日本でも、お火焚き祭りが神社で催され、鍛冶屋さんを初めとするふいごを使う職業のための神聖な日がある。ちなみにふいごは火に空気を供給送るために使い、ビジューの制作にも必要不可欠な道具。

職業の日のお祝いと聞けば、仲間意識を深め、大皿料理を分け合って食事を楽しむ。そんなイメージがあるがここはフランス、各自自分のお皿を注文する。アペリティフ、前菜、メイン、デザート、コーヒー。アペロは既にアトリエでポンとやったので省略。メニュー選びは皆真剣、ギュと集中して美味しそうなのを選ばないといけない。「あれも良さそうだけどこれも悪くない、ところであなた達もう選んだ?」「メインは決めたけど、デザートが決められない!」お腹の隙具合とメインとの相性も考慮して、締めのデザートを選ぶまで気が抜けない。

注文が済むとすぐにおしゃべりの開始。St-Eloi、聖人エロワの日、いやおうでも話題は私の宗教観へと。アトリエではいかにもアジア人の私以外は皆、普通のフランス人。ちなみに宗教と政治の話題は祝いの席でタブーとされている。もめ事の原因を作らない配慮から来るのだが、それだけ実際日常生活の中で、デリケートな問題に遭遇することも多く感心が高い。フランスは移民大国なのだ。そんな中でまた私も移民の一人で外国人パリジャンヌ。
そこでたいていこんなふう質問される、「何の宗教を信仰しているんだい?やっぱり、仏教?それとも神道?。初めて聞かれた時はびっくりした。まず、どこかの宗教に属していることが前提になって話されていること。それに宗教観を聞くかわいいパリジャンヌなんて想像していなかった。
こんな時、私は「いただきます」という言葉を紹介して、感謝の心が哲学としてあって、宗教は私の生活を制限し管理することがないことから説明してみる。食べてはいけない特定の肉や期間などが日常習慣にない事も付け加える。

ところで、移民同士が信仰の違いから揉めるのを目撃したことがある。パスポートに所属宗教名が明記されている国の男の子が結婚観を語り始めると、その彼が使う一単語ごとにプロテスタンでフェミニストの彼女が不快感を露に激怒していく。周りに居合わせた者には何が彼女を刺激しているのか解るのだが、彼の方は解っているのか解らぬのか、微妙な態度で何とか説明しようと試みる。するとまた彼女が反応する。んー面白がっては不謹慎なのだけど無視できないやりとりであった。

またある時は語学学校で、かんじのいいスペイン人で敬虔なカトリックの若い男の子に宗教観の説明を求められ、「日本には神様が一杯いるのよ、それもそこら中に!」と言ってみた。案の定えらく驚いてショックを隠せない様子だった。あまりにも思う壷の反応にこちらも驚いた。全てに神性を見ると、まず説明すれば彼にも受け入れ安かったのだろうけど、ちょっと意地悪をしてみたくなったのだ。「貧乏の神様もいるし、お鍋に宿る神様だっているのよ!」と続けようかと思っていたが止めといた。とあえずはもう十分だろう。

そうこうしているうちに宴も大詰めを迎えた模様、悩んだ末に決めたデザートのお味はいかに。たとえいいかんじのレストランで美味しい食事をしても、デザートが今ひとつだと、とたんに皆のレストラン評がぐっと下がってしまう。おいしい料理に、お酒も少し入って会話がはずみ、盛り上げておいて、最後に尻つぼみだといけない。
そういえば、religieuxse、ホリジューズ、ルリジューズかな?なんて名前の大小のシュークリームを2重に重ねたとびきりかわいいお菓子がある。名前は訳すと修道女の意味になる。菓子の名前に思わず身構える。ネーミングのインパクトも然ることながら、ボリュームたっぷりなので心して頂きたい。

ああ、そういえばアトリエで忘れてはいけない聖人がもう一人いらっしゃいました。St-Antoine、サンアントワンは無くし物をした時に頼りになる聖人。お願いすると、見つけるのを助けてくれる。ほんの小さなパーツが無くなると見つけるのは簡単でないし、アトリエでは良くあるアクシデントだ。そんな時は彼の出番。「アントワン聖人、お願い!あれは結構時間が掛かったの、やり直すのは絶対に嫌!」
あれ?ちょっと待て。カトリックは一神教だと言うけど、これじゃあ結局日本人の一般的な感覚と変わらないじゃないか!だって、交通安全にはこの聖人、商売にはこの聖人、とあってそれぞれにお願いするんだ。まったく日本と同じやり方で何も違わない。ただ彼らを神とカトリックが呼ばせないだけで、神は格差社会のシェフなんだ。一神教かそうでないかなんて、本音と建前を分けられるフランス人にはどうでもいい事だろうし、いろんなスタイルを取り入れられる日本人にとっても、結局自分のいいように統合してしまえばいいことで。もっとも、スペイン人のまじめな青年にとっては大変な違いだっただろうが。

何はともあれ、私とアトリエの皆の間に、宗教的理由によるたいした垣根は無いようで、素晴らしい。ちょっと大袈裟か、いやそんなこともない。お手ても再度合わせまして、ごちそうさまでした。サンテロワ、そしてパトロン、おいしい食事をありがとう。来年もよろしくね。ああコーヒーは結構です。

プチフランス語講座:religion(宗教)
          St Eloi[サンテロワ](聖人エロワ)
          patron[パトロン](経営者、雇用者、etc)

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